昭和の日ができたのに平成の日、明治、大正はなぜない?年号が令和に変わるとなくなる?

昭和の日ができたのに平成の日や明治、大正はなぜないのでしょう。

 

普段あまり気にしていなくても良く考えてみるとそういった疑問が残ります。

 

もしかしたら昭和の日は年号が変わるとなくなるの?

 

このように年号が変わるとなくなるのかという疑問も生じます。

 

そうなるとしたら祝日が減るので困るという方も大勢いることと思います。

 

平成が終わりに近づき年号が変わろうとしている今だからこそ明確にしておきたいところです。

 

改めてこの日に振り返り、平成の日明治大正がない理由を知ることの機会にもなりますね。

 

なお、ついに新しい年号が令和(れいわ)と発表されましたね。

 

この発表は平成31年4月1日の午前11時半ごろのことでした。

昭和の日ができたのはなぜ

昭和の日は、ゴールデンウイークに含まれる日でもあり多くの人達にとっては嬉しい祝日ですね。

 

こう思うと、昭和の日ができた理由をじっくりと考える余裕が得られるのではないでしょうか。

 

この日は国民の祝日で、2006年まではみどりの日という自然と親しんだり恩恵に感謝する日でした。

 

4月の祝日はこの日だけです。

 

このため、ゴールデンウイークの開始を告げる初日ということも相まって魅力的な1日となっています。

 

現在(平成)の天皇の誕生日は、元々天長節(てんちょうせつ)と呼ばれ国民の祝日、祭日とされてきました。

 

今は、天長節という言い方はされなくなっています。

 

現行の祝日法では旧法と違い、いわゆる先帝祭(せんていさい)が廃止されています。

今上天皇(きんじょうてんのう)の即位との関係

1989年の昭和天皇崩御(ほうぎょ)と今上天皇(きんじょうてんのう)の即位によって

 

祝日法の天皇誕生日に関する項目を改正する必要が出てきました。

 

ちなみに、今上天皇とは、今現在の天皇を意味する呼び名のことをいいます。

 

旧法では、休日だった先帝祭が祝日法だと休日にはならないので、

 

昭和にちなんだ新しい祝日の存続案が発案されます。

 

しかしその案は見送りになり、結局のところはみどりの日と命名され、4月29日が祝日になっています。

 

2000年になると、再び祝日制定の改正法案が参議院で提出されます。

 

しかし、参議院を通過したものの採決は見送られています。

 

2002年に再提出が行われ、衆議院を通過します。

 

ですが、やはり再び採決されることはなく廃案になります。

 

その後、3度目の提出が出されたのは2004年のことでした。

 

このときにはじめて改正法案が衆議院内閣委員会において賛成多数で可決されます。

 

そして、参議院での継続審議を経て成立しています。

 

これにより、1989年に発案されていた、昭和天皇の誕生日を

 

昭和を顧みる(かえりみる)休日にする案が結実しています。

 

平成が終わるとどうなるのか気になるところですね。

 

このように、親しみ深い名前の1日として国民に愛されてきたのは確かでしょう。

昭和の日はいつできた

昭和の日ができたのはなぜか、まずはそれを知って理解を深めることがポイントです。

 

日にちはいつかといえば4月29日です。

 

2007年の1月1日に改正祝日法に基づき新設、施行された国民の祝日です。

 

前年まではみどりの日で、国民の休日という名称だった祝日が改正されたものです。

 

この日は昭和天皇の誕生日で、みどりの日は崩御に伴い制定され施行されました。

 

その後みどりの日は5月4日に変更され、新たに4月29日に昭和の日が設けられたわけです。

 

激動の日々から復興を遂げた昭和の時代を顧みて(かえりみて)、

 

国の将来に思いを致すのが昭和の日の趣旨となっています。

 

つまりこの日ができた理由は祝日改正法によりみどりの日が5月4日に移りました。

 

そして、空いた4月29日に新しく祝日を入れる必要があったからです。

 

丁度その日は昭和天皇の誕生日ということもあって、

 

昭和を顧みたり将来に思いを致す理由がつけられ昭和の日となりました。

平成の日と明治の日や大正の日がないのはなぜ

昭和の日はあるのに、平成の日明治の日大正の日がないのはなぜか。

 

これは誰もは一度は考える疑問ですね。

 

この昭和の日ですが、2019年以降も存続する方向です。

 

新たに天皇の即位の日という祝日が5月1日に新設されました。

 

これは天皇が即位する日を記念日にすることと、

 

ゴールデンウイークの祝日を充実させたい政府の意向によるものです。

 

結果的に、2019年のゴールデンウイークの祝日は8連休、土日をいれると10連休となります。

 

2019年のゴールデンウイークは国民にとって嬉しい年になりそうですね。

 

それでは、平成の日と明治の日や大正の日がないのはなぜかについての理由を説明していきますね。

平成の日がないのはなぜかの理由

平成の日については、今上天皇の誕生日、12月23日が天皇誕生日という休日でこれに相当します。

 

年号が変わるのは新しい天皇が即位されてからです。

 

そのため、今上天皇の在位中に平成の日と名称をつけるのはおかしい話です。

 

平成の日という祝日は、このような理由から存在していません。

 

実質的な平成の日は天皇誕生日として既にあるわけです。

 

2019年の12月23日といえば、祝日ではなく平日にすることが決まっています。

 

平成の日が制定される予定もないです。

 

当面は平日とすることになっています。

 

しばらくの間は天皇誕生日に相当する祝日は存在しなくなります。

 

明治の日に相当する明治節はGHQにより廃止され文化の日になりました。

 

大正の日は大正天皇の在位期間が短く、国民から希望がないことからそれぞれ存在しないと結論づけられます。

 

平成の日は名称こそ違います。

 

ですが、実質的に12月23日の天皇誕生日が相当しているといえるでしょう。

 

このように、昭和の日以外に同様の祝日が存在しない理由は、こういったそれぞれの理由によって説明できます。

令和元年の始まりはいつ

また、平成31年4月1日の午前11時半ごろに新しい年号として令和(れいわ)が発表されましたね。

 

4月30日には今上天皇の退位となり5月1日は皇太子徳仁親王の即位が予定されています。

 

これは、万葉集から2文字を取ったと言われています。

 

気持ちが率直に詠われ人らしい音の表現と響もとても良いですね。

 

なお、元号が古典から選ばれたのはこれが初めてのこととなります。

 

ではこの年号が正式に変わるのはいつからなんでしょう。

 

それは、2019年5月1日が新天皇即位ということで年号が変わり令和元年の始まりとなります。

明治の日がないのはなぜかの理由

11月3日は文化の日ですが、実はこの日は明治天皇の誕生日です。

 

明治の日という名前ではないにしても、それに相当する祝日は存在していることになります。

 

明治時代、11月3日は天長節と呼ばれる祝日で、天皇誕生日をお祝いする1日でした。

 

明治天皇の崩御後は、国民が近代日本の礎(いしずえ)を築いた天皇の功績を後世に伝える為に祝日にして欲しいと運動を起こしています。

 

その結果、昭和2年に明治節という名前で祝日が設けられ、実質的に明治の日となりました。

 

ところが、戦後になると日本を占領していたGHQが明治節の廃止を決め、明治の日に相当する祝日がなくなります。

GHQによる廃止と目論み

GHQが明治節を廃止させたのは、アメリカの意向で日本の弱体化を狙ってのことです。

 

国民が天皇との繋がりを感じにくくさせる為だといわれています。

 

つまり、明治の日がない理由はGHQが廃止したことで外圧によってのことです。

 

このことにより明治の日にあたる明治節がなくなったというわけです。

 

その後は11月3日を憲法記念日にしようとする動きがありました。

 

しかし、GHQはまたしてもこの日を相応しくないとしました。

 

理由は同じく天皇と国民の強い結びつきが原因です。

 

明治天皇の誕生日に憲法記念日を設けるのは日本の弱体化を目論んだアメリカにとっては不都合なのです。

 

結果的に憲法記念日は5月3日に決まり、11月3日は文化の日に制定されています。

 

文化の日が認められた理由としては、GHQが憲法記念日という名称でなければ良いと言ったことが理由として挙げられます。

 

これは、自由と平和を愛し文化を進めるのが趣旨となります。

 

それにより、自由を標榜(ひょうぼう)するアメリカを納得させられたのだと考えることができます。

大正の日がないのはなぜかの理由

一方、大正天皇の誕生日は8月31日です。

 

しかし、2019年現在は祝日に制定されておらず他に大正の日という祝日も存在しないです。

 

大正天皇が崩御された時は、明治天皇のように祝日を求める声が殆どありませんでした。

 

名称を変更して残すといった運動もありませんでした。

 

考えられる理由は、大正時代が僅か15年と他の時代よりも短いためです。

 

また、明治天皇に匹敵するような功績や偉業がないからだと思われます。

 

それが大正の日が存在していないわけで、明治の日と同様に名称も残されていないです。

昭和の日は平成から年号が変わるとなくなる

平成から年号が変われば昭和の日はなくなるのかも疑問に思うところですね。

 

天皇が退位を希望するニュースが報じられてからネットを中心にこのような噂が流れました。

 

明治の日や大正の日がないことからも、平成が終われば昭和の日がなくなると考えるのは当然のことでしょう。

昭和の日はなくならない

結論からすると平成から年号が変わってもなくならないと推測されます。

 

私は、昭和の日は2019年以降もなくならないと思っています。

 

昭和の日にあたる昭和天皇は、現在の国民にとって存在感が大きく、戦後の復興や成長において特別な存在です。

 

この日を制定している祝日法には、自由と平和を求めてやまない日本国民は美しい風習を育てています。

 

そして、より良き社会と豊かな生活を築き上げる為に感謝する日と定められます。

 

つまり昭和の日というのは他の祝日と比べても特別で、国民になくてはならない1日となっています。

 

廃止する理由は特にありませんし名称を変える必要性もないです。

 

そのため、平成から年号が変わってもなくならないわけです。

 

名称を変更することも考えられるでしょう。

 

しかし、2019年は前年と同じくそのままですし今のところ変更を求める声や案はないです。

昭和から名称が変わることは考えられる

昭和は現代の日本人の基礎となっている時代で、経済成長で大きく飛躍しました。

 

自由と平和の大切さを理解したり愛することになったのも、この昭和という時代があったからでしょう。

 

その考えや思いは今も大切なものですし、例え年号が変わっても失われたり変わらないです。

 

仮にもしこの特別な祝日を変更、または廃止することになれば、国民は反発したり猛反対することも予想されます。

 

単純にゴールデンウイークの祝日が1日減る意味でも、国民から反対意見が出たり反発されるのは必至です。

 

メリットや特別な理由なしに、政府が国民の反発を受けてでも変更、廃止することは考えにくいですね。

 

5月1日天皇の即位の日追加と合わせて、多くの人達は新しい祝日とゴールデンウイークを受け入れることでしょう。

 

年間の祝日の内、約10%は天皇と関係のある日です。

 

今後名称が変わることはあっても存続し続けるはずです。

明治の日もなくなってはいない

明治天皇の誕生日は明治の日という名前ではないとしても文化の日として残り根づいています。

 

平成になっても文化の日は変わりませんでしたね。

 

明治の日の名称が用いられていなくても国民は明治天皇の誕生日だと知っています。

 

名前がどうであれ、天皇の誕生日を特別なものと捉えたり、祝日を制定して設ける文化が日本にはあります。

 

結び

昭和の日ができたのに平成の日や明治、大正はなぜないについての記事はお役に立てたでしょうか?

 

また、年号が変わると昭和の日はなくなるのかなくならないのかもご理解いただければ幸いです。

 

この章では、ここまでをまとめた要約を載せていきますので是非ご活用になってみてくださいね。

 

昭和の日ができたのに平成の日や明治、大正はなぜないのか。

 

その理由はそれぞれGHQと大正時代にヒントがありました。

 

今上天皇の誕生日は12月23日の天皇誕生日、明治天皇の誕生日は文化の日として今もあるわけです。

 

年号が変わるとなくなるのかとの疑問には、昭和の日は少なくとも、平成が終わってもなくならないと答えられます。

 

天皇誕生日は平日になり、5月1日に天皇の即位の日が新設されます。

 

天皇誕生日の祝日化については世間の動向に合わせて今後議論される予定です。

 

実質的な平成の日はありましたし、明治天皇の誕生日も名前は違えど祝日となっていますね。

 

大正天皇については在位期間が短いことから大正の日が存在しないのも納得です。

 

昭和については特別と考えられています。

 

また、ゴールデンウイークの祝日を充実させる意味でも、なくなるような心配はないでしょう。

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